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ふれあい広場過去ログ
 


あけましておめでございます。本年もよろしくお願いいたします。
昨年一年を振り返って一番感じたことは、お年寄りのご夫婦だけの世帯、あるいはお一人暮らしのお年寄りの世帯が非常に増えており、それに関連した相談事が一番多かったということです。
住民の皆様から寄せられるご心配事は大きく分けて、個人の問題としては、さまざまな身の回りの困りごとをはじめ、現時点での生活困窮、老後の暮らしであり、地域問題としては、合併問題、尾陽病院の問題などです。
家から近い尾陽病院がなくなるのではないかという心配も多く寄せられました。
近隣の人とのつながりによる協力と、地域福祉団体、行政が協力し合うことが不可欠であるとつくづく実感しています。
生活保護などの最低限のセィフテーライン(安全ネット)の必要性はもちろんであり、本当に困っている人に関しては、周りが気をつけて積極的に保護の手を差し伸べ、救っていかなければなりません。
そんなさまざまな諸問題の中で市町村合併は重要な問題のひとつです。
合併がなされることによって解決、あるいは好転していくと見られる事柄も多く、何より、合併で地方公共団体がその規模を拡大していくことは、行政のサービスの高度化(質の向上)と財政基盤の安定をもたらすものです。
状況は常に変化し流動的ですが、今現在どのような枠組みが最善であるか、今後も皆様とともに考え、行動していきたいと思います。2008年1月7日

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海部南部、西部ともすでに弥冨市、愛西市となるなど合併が成立しています。残念なことに当町は東部四町では合併に至りませんでしたが、ますます地方分権が進む中、合併は避けられない状況であります。
甚目寺町としては、地理的な事柄、広域行政の問題の見地から、そしてなりより4年前の住民意識調査の結果を踏まえ大治、七宝、美和町との合併を推進してまいりましたが、合併協議会自体が白紙に戻っている状況です。
最近の新たな動きとして、昨年12月名古屋市が、長期の展望に立った近隣との合併をテーマに8市町村と懇談会をおこないました。
名古屋市としては、過去には日本三大都市として認められていましたが今ではその規模を横浜市や福岡市に追い抜かれ、政令都市として、今一度規模の拡大を図っていこうとしているというのが大方の見方です。
詳細についてはまだ未知数ですが、これを機会にしっかり検討し、視野に入れておくべき事柄だと思います。

名古屋市との合併は、数年前であれば、もし当町が望んでも叶いそうも無いことで、私自身も過去に、それはまだ非現実的な案である、と一笑に付したこともありました。
しかし、慎重姿勢だった名古屋市が、道州制の高まりも受けて、近隣との合併に前向き姿勢を見せ始めています。
公共交通機関の整備、福祉厚生施設などの充実等々、あらゆる面で甚目寺町の将来行政を考えたとき、遠回りすることなく名古屋市との合併が叶えば住民の皆様の生活にとって最適であると思うに至り、もうひとつの選択肢であり、チャンスでもあると考えています。
平成15年の住民意識調査で、過半数が「合併は東部四町で進めて欲しい」というお声であったことは尊重しつつも、4年前とはまた違った状況であり、情勢に変化があることをまず住民の皆様にお知らせし、情報公開において公平性を期した上で、さらに新たな判断をしていただきたいと思います。2007年8月

統一地方選が終わり、周囲もやっと静かになりましたが、早いもので、この地方もすでに梅雨に入り、この先ますます蒸し暑い日々がやってきます。
体調に気をつけてお過ごしいただきたいと思います。

お蔭様で三期目を迎えさせていただき、新たな心で、また、初心を忘れず、今までの二期8年と変わらぬ姿勢で日々、職務にまい進したいと思います。

さて、地方議会には、町長など首長の権限行使をチェックする重要な使命があります。
当局と緊張関係に立ち、その仕事を批判的な眼で監視する役割を担う納税者代表であることが基本的な立場であると認識しています。

現状の地方議会の役割を大別すると4つ挙げられると考えています。

1)良いことは当局に全力で協力して町政全体に参画する。

2甚目寺町全体の地域利益に寄与する。

3)あらゆる面で地域のオピニオン・リーダーを務める。

4)納税者代表として税金の使途を監視していく。

皆様とともに、甚目寺町の将来を考え、皆様とともに町政を見つめ、常に皆様の代弁者であり続けたいと願っています。            2007年6月


皆様のお支えにより、議員生活も二期目を終えようとしています。
難題が山積みの中、お仲間の議員さん達と共に精一杯活動させていただきましたが、まだまだ一朝一夕には解決しない問題が多く残っています。
今年は決意を新たにし、もう一度初心に返って諸問題に対し、今まで以上に全力で取り組んでいく覚悟でございます。
@高齢者の一人暮らし、或いはご夫婦のみのご家庭に対する対策について、今まで以上に行政の暖かい思いやりが必要です。
A地域医療の充実のため、尾陽病院の新築移転を実現し、産婦人科や小児科を復活させる必要があります。
B行財政の健全化のため、住民の皆様のためには是非とも合併が必要と考えており、推進していきたいと思います。
C防災の観点から、安全と安心を目指し、水路や道路に不備がある場所を、優先順位の高い場所から順次整備していかなければなりません。
私も常に町内を回り気がついた点はできる限り対処していますが、いつも皆様からお寄せ頂く情報が大変ありがたいです。
皆様と共に、住みよい甚目寺町を目指して、一生懸命頑張ります。
                                     2007年1月末日

新春を寿ぎ、謹んでお慶び申し上げます。き新年をお迎えのことと存じます。
旧年中は甚目寺町の皆様には一方ならぬご厚情を賜り誠に有り難うございました。   心より感謝申し上げます。
本年も昨年同様皆様方の暖かいご支援の程を何卒よろしくお願い申し上げます。 皆様にとって幸多き年となりますよう心よりお祈り申し上げます。
これからますます寒くなりますので、皆様、お風邪など引かかれませんようにくれぐれもお体御自愛ください。              2007年1月


10月12日〜13日の2日間にわたり、岡山県と広島県福山市に行って参りました。目的は、ハンセン病の実態と人権についてでした。
「国立療養所長島愛生園」を視察しました。
長い間国の対策として強制隔離を定めた「らい予防法」は1996年に廃止となりましたが、今なお社会復帰は困難な状況で、殆どの方たちは生涯療養所で暮らすこととなり、平均年齢も78歳ということです。
今はハンセン病は治療ができ、感染するものでないことも判明しています。
発病者は昨年は全国で一人もいないということです。
視察した感想としては、強制隔離が過ちであったと国が認めたことは大変良かったことであり、病気に対して正しい知識をもつことの大切さを痛感しました。
また、福山市にある人権平和資料館を視察し、戦争の悲惨さを痛感するとともに、同和問題等あらゆる人権問題に対し、個々の人権を尊重することの大切さを実感致しました。
すべての個人が尊重され、戦争の無い平和な世界の実現を心から望むところです。  2006年11月


ますます高齢化する地域社会の中で、町民の皆様の大きな関心事のひとつに、さまざまな場面で安心して医療を受けることができるのかどうかということです。現状、医師の不足が深刻な問題点として挙げられます。理由はさまざまありますが、大きくは、施設の老朽化により最新設備の設置が滞っていること。このような状況下では医師も集まりにくく、当然患者数も年々減り、経営が大きく赤字になっています。
この連鎖が悪循環を生み、更に小児科や産婦人科への影響が出ています。
町民の皆様にとってはますます不安な材料が増えるばかりで、私としても、尾陽病院の出向議員を拝命している現在、大きな関心を持って取り組んでいます。
尾陽病院については只今、移転、改築計画があります。この計画については、東部四町のそれぞれの議会で議論をしているところであり、まもなく答えが出ると思います。私としても、公立尾陽病院の問題については一日も早く解決し、皆様に安心して頂きたいと一生懸命取り組んでいるところです。2006年5月6日

平成18年1月7日午前 甚目寺町町会議員・建設委員長であられる森鈴秋議員がご逝去されました。議員仲間として同じ会派の中で親しくさせていただいていた私は、こんなに早くお別れをしなければならないことが本当に辛く、心から寂しく思います。
葬儀において、我々一一会を代表し、堀田ノブミ議員が哀悼の辞を述べられました。一一会全員の総意としてここに掲載し、同志・森鈴秋議員に捧げます。

寒さのおりから、森議員の病状を案じておりましたところ、突然ご逝去の知らせを受け、がく然といたしました。
ここに深く、深く、哀悼の意を表します。
甚目寺町も、町政においていろいろな問題の解決を迫られている昨今、彼のような気骨があり、責任感が強く、しかも高邁な理念と実行力を持っておられる同志を失うことは、本当に痛恨に耐えない思いです。
森議員との出会いは7年前の統一地方選挙の年でした。
お互い町政への挑戦を目前にして、甚目寺町の行く末に思いをはせ、語り合いました。同じ志と夢を持って、一一会を立ち上げ、仲間同士、幾度となく膝をつき合わせて語り合い、酒を酌み交わしました。
真剣になればなるほど勢い余ってよく喧嘩もしました。
しかしそれは互いにその絆を深め合った出来事でもありました。
責任感の強い森議員は辛い病気療養中にもかかわらず、つい先日も、建設委員長の職責を全うせんと会議に出られ、声を振り絞って委員長を務められたと聞き及びました。誠にご立派な行為でありました。
さらに次なる発展に入ろうとしているおりからの忽然としてのご他界は、本当に残念でなりません。
一一会の仲間のみならず、他の議員の方々も、本当にさびしく思っておられることでしょう。
後に残された奥様やご家族の皆様の悲しみはいかばかりかとお察しいたしますが、この現実の世を離れられましても、深い愛情でずっと見守っていかれることと思います。
私たちは、何事にも一生懸命だった彼の姿を忘れることはありません。
本当によく奮闘されました。何卒安らかにお休みください。
心よりご冥福をお祈りいたします。

広報甚目寺8月号に記載されました “甚目寺駅周辺地区整備基本構想 ”に基づき、議会に “駅周辺整備計画調査特別委員会” が設置されていますが、去る10月6日〜7日両日、町関係者とともに私を含め議員19名が研修のため視察に赴きました。
西春町の駐輪場を始めとし、奈良市の防災センター、大阪府河内長野市三日市町駅前の再開発の様子を見て回りましたが、今回の研修は私自身大変参考になりました。
将来の甚目寺町をどうするか、どのような町であって欲しいか、こうありたいと思い描くのが実現の第一歩と思っていますので、暮らしやすい町づくりのために今後いろいろ提案して参りたいとと思います。      2005年10月18日


3月議会において一般質問をしました、「下萱津交差点改善のお願い」 については、当局の配慮にてさっそく6月に対処していただきました。その後、随分交通の便が改善されたという声を、近隣の方々からお聞きしています。私も何度か通るたびに流れがスムーズになったことを実感し、大変嬉しく思っています。
なお、わが家の金木犀の木の巣からめでたく雛鳥が巣立っていったようです。やはり野鳩らしいという意見が大半でした。いづれにせよ、カラの巣を眺めるのは何とはなしに寂しいものです。何処へ行ったのかわかりませんが、この大空の下、自由に飛び回っているのでしょう。  2005年6月28日

いつも多数のメールをお寄せ頂き、町政に対する皆様の関心の高さと、暖かい激励のお言葉に胸を熱くしています。
今回は個人的なことで恐縮ですが、我が家の自宅玄関に上がる際の外階段の下に金木犀の木があり、そこに、3週間くらい前から野鳩らしき鳥が巣をつくりました。毎回、階段を上がり降りするたびに気になってそっと様子を伺っていますが、逃げるそぶりも気にする様子も無く、じっと巣の中に収まっています。公園などで良く見かける鳩よりも若干小さめの体で、じっと卵を暖めていますが、雄でしょうか雌でしょうか。鳩はどちらが子育てをするのでしょうか。また、いつ頃雛がかえり、子育てが終って飛び立つのはいつ頃なのでしょうか。どなたか詳しい方、メールにて是非ご一報ください。   2005年5月11日

甚目寺町市町村合併への取り組み経過について役場のホームページに経過の詳細が解かりやすく掲載してあります。是非ご覧下さい。

先日、中部国際空港の愛称にちなんだ新市名「南セントレア市」採用を巡って混乱した愛知県美浜町と南知多町で
2月27日、合併の是非を問う住民投票が行われ、市名を決め直す住民アンケートとともに即日開票されました。結果、住民投票は両町で合併反対が過半数を占め、新市名どころか合併そのものが破綻しました。
(投票率は美浜町が72.79%、南知多町が68.87%。)


合併直前になって、住民投票により合併そのものに住民自身がNOという結論を出したことは、それはそれで一つの方法であり、住民の下した結論として尊重されるべきです。

確かに合併の必要性を充分ご理解頂いてから進めていくべきであり、同時に、合併破綻後、単独でやっていく場合の難しさをしっかりお伝えしていくのも必要でありましょう。

私自身も数年先の財政状況を考えると厳しい状況だと言わざるを得ないと考え平成16年9月議会の一般質問にて、当町が当分行政を一町で行なった時の財政シュミレーションを具体的につくり、町民に情報公開として発表するよう要望を致しました。個人的には、いろんな場面でお尋ねがある限りはお話し、また、後援会の会報の形でもお知らせしています。今後もあらゆる機会をとらえ、ご説明していきたいと思います。

町、或いは 市 の財政事情を考える時、全国どこの市町村でも、出来得れば合併特例法の期限内になしうることが出来たなら、皆様のご負担が軽減されるものと考えるところです。

幸い甚目寺町においては、アンケート調査により、過半数の住民の皆様から合併に対する前向きな回答を頂いており、町側、議会とともに、住民の皆様が、その方向性で進んでいくことに問題はないと思います。

一町単独でやっていけるという独自の持論を持つ共産党を除く全議員が、特例法期限内に東部四町の合併推進を目指して進めてきましたが、一貫した甚目寺町の姿勢とは異なり、大治町、美和町、七宝町、の三町は、紆余曲折を経て2月25日法廷協議会を解散しました。


全国の市町村合併破綻の原因はいろいろありますが、合併直前の相次ぐ破綻に対し新聞には、強引な合併、とか、性急すぎる合併、を押し進めた結果、などと書かれていました。私はそれが問題のすべてだとは思いませんが、他山の石として肝に銘じ、また、その他にどのような事情があるにしろ、いろいろな角度から話し合いを進めていく中で解決できないことは無いと思っています。
私としては、長いスパンで地域社会の行く末を考えた場合、あくまでも合併は必要であるという信念で皆様にご説明をさせて頂き、その立場で行動していくつもりでおります。  
2005年3月

(12月議会を終えて)
森鈴秋議員より甚目寺町長の不信任決議案が提出されました。
決議内容は下記のとおり。
【甚目寺町長不信任決議案】
理由 野村武町長は東部四町合併問題に非常に消極的 且つ不誠実である。町民の意識調査で東部四町を望む声が過半数を占めている状況下で三町への働きかけの成果も見られず、議員の合併賛成の決議が示されているにもかかわらず、ここ数ヶ月の行動は議会軽視である。町民に対しても責任をとるべきであると考えられる。よって不信任決議案を提出する。
審議の結果賛成7 反対13 以って否決されました。以上 2005年1月

(6月議会を終えて)
平成16年6月定例議会は6月7日から21日まで開催されました。
@平成16年度一般会計補正予算、賛成多数で可決、A甚目寺町非常勤消防団員に係る退職報奨金の支給に関する条例、全員賛成で可決、B甚目寺町国民健康保険税条例の一部を改正する(値上げをする)条例、賛成多数で可決、などが主な議題でした。一一会はBの条例に対しては反対を致しました。その理由は、働き手の病気による、高額医療の支払いを国民健康保険に加入することで少しでも、住民の生活不安や負担を軽くすることが国民保険の目的であり、私どもの生活の基盤となっています。毎年一般会計から国保に繰入金をしている状況であるために、このたび国保の値上げの提案が出されましたが、周知のとおり、不況により各家庭の収入が減少している時でもあります。値上げは現状ではやむをえない事ではありますが、今一度、更なる財政の見直しと、住民の御理解とご承諾がいただけるまで “据置期間” を考えていただきたいと思い、反対答弁を述べさせていただきました。
*大渕町内に計画されているマンション建設反対に対する請願書については全員賛成で可決されました。  2004年6月29日



(合併についての経緯)
当町において、水面下でさまざまな努力がなされましたが、ここではその経緯と推移を述べるに留めておきます。東部四町の枠組みが本年2月に白紙となり、その後4月に、大治、七宝、美和町は名古屋との合併を目指し、申し入れをされました。この間、甚目寺町は住民、議会、当局、皆で東部四町での合併を進めて参りました。理由は、地理的な事柄は申すまでもなく、病院、消防、休日診療所、特別養護老人ホーム等、広域行政を四町でやって参りまし事からも、それが一番自然な形であるのは、甚目寺町の住民のみならず、他、三町の住民の方々もご承知のとおりであります。また、将来的な話ならともかく、今現在、いきなり名古屋との合併推進には無理があるのではなかろうかとの判断が、個々の気持ちとしてありました。アンケートでも甚目寺住民の皆様の意向は、1位.東部四町との合併、2位.名古屋市との合併でありました。
6月14日に、名古屋市より三町に対して、やはり、今現在、合併特例法の期限(17年3月)までには無理であるとの解答がありました。これを受け、当甚目寺町は三町に対し、改めて四町での合併の枠組みを希望する旨申し入れを行ないましたが、6月25日、三町の町長連名で、この申し入れに対する断わりの文書が届きました。理由は、すでに三町で7月に法定協議会を立ち上げ、17年3月までに合併することを目指しており、今から甚目寺を加えるには時間的に余裕がなく、今の時点で枠組みを変更することは出来ないとの事でした。私としては、早急に議会において合併調査特別委員会を開き、今後の方針を検討していかなければならないと思っています。さまざまな諸事情により、期限内合併の難しいところが全国でも多々ありますが、方向性としては、住民の皆様の負担を軽減するためにも行政のスリム化としての合併は、どうしても目指さなければならないという信念を持ち続け、働きかけて参る所存です。
2004年6月29日


甚目寺町の財政について)
昨今の厳しい社会状況下、甚目寺町も全国の市町村の例に漏れず、厳しい財政状況にあることは皆様ご存知のことと思います。三月の定例議会は、少ない予算内で町政を運営していくことの大変さを改めて実感するものでありました。
国の三位一体改革における国庫補助金負担の見直しや税源移譲が不十分なまま、地方交付税の削減のみが突出して行なわれている結果、地方の財政運営状況は全国的に逼迫したものになっています。
地方交付税は地方自治体の収入不足を国が補う仕組みであることはご承知のとおりですが、地方側はこれらを縮小する代わりに自主財源を得て、地元のニーズに見合った形で自由に振り分けたいと希望しており、それが国も地方も望むところの自立に繋がると考えています。
国として、補助金削減、税源移譲、地方交付税改革の3っつを同時に進め、「地方の国からの自立を目指す」のが小泉首相が推し進める三位一体の改革の狙いですが、このたびの急激な地方交付税等の削減によって、地方全体が財政運営に苦慮しています。

住民の皆様の生活にさまざまな影響が出てくる結果となることは、皆様の生活を守る立場にあるものとしては大変憂慮すべきことであると考えています。このことについて甚目寺町は、議員全員一致で、国に対し、地方交付税の増額を求める意見書を提出することにより、三位一体の改革を、当初の目的達成のためにバランスよく推し進めてもらうことを要望いたしました。
しかし、現実として、少ない予算の中ではさまざまなご不自由を町民の皆様にお願いしていくこととなる可能性があります。なるべく弱者にしわ寄せが行かない政策を町に対し希望していくと同時に、町民の皆様にも苦しい財政の現実の状況をお知らせし、ご理解を頂くことが議員の責務だと考えています。
甚目寺町の財政状況と町政運営について、皆様からいろいろなご質問を受けます。多くの方々が、わが町の行く末を心からご心配下さっていて、ご説明させていただくことに張り合いを感じるのと同時に、誠に心強く思っております。2004年4月


(合併問題の経過について

最近町内を歩いていて、「合併問題は一体どうなるんや!?」と心配されるご質問を多く受けます。昨今のTV、新聞ですでにご存知のことと思いますが、海部東部四町で進めてまいりました合併協議会から、大治町と七宝町が離脱し、続いて美和町もそれに同調する形となり、合併協議会自体が白紙に戻りました。
甚目寺町としては、昨年のアンケートの結果にて表明していただきました町民の皆様のお考え同様、町側も、議員の皆さんも(一部を除いて)東部四町の枠組みがもっとも理想的で、現実的であるという考えは一貫して変わらず、私自身も、機会あるたびにそのような働きかけをしていくつもりです。
四町のリーダーの方々も、議員の方々も、町民の大多数の皆様も、合併の必要性は一致して認めているところですので、後は時期枠組みの問題です。事態は今のところこう着状態にありますが、いまだ非常に流動的であり、まだまだ、今後さまざまな案が浮上してくると思います。
皆様からお声を掛けていただけるということは、それだけこの問題に対する関心が高いということで、私としましても勇気百倍です。できることなら合併特例法の有効期限内(2005年3月まで)に実現するのが理想であり、それに向け働きかけをしていきたいと思います。2004.1.21


(12月議会を終えて)
平成15年12月議会は24日を持ちまして閉会致しました。2003年は皆様にとってどのような一年でしたでしょうか?また、2004年は一体どのような年になるのでしょうか。国政におきましても、町政におきましても、大きな問題が山積みしています。
さて、私が町会議員の職に就きます前の一町民の立場だった頃には、自衛隊派遣問題に対し、賛成、反対、などと、国政に意見を述べることや、町議会で議論する場面があるとは、思ってもいない事柄でした。(しみじみ・・・)
三位一体について国政に意見を述べさせていただきましたように、また、イラク派遣問題についても意見を述べさせていただきましたように、おそらくこれからも他の様々な問題に関連して国政に意見を述べる場面が多々あることと思います。
議員になってみて、そのような場面に立て続けに遭遇した折、総務会においてイラク問題を発言するに当たって、「国政のような大きな事項を町議会で議論することがあるとは夢にも思わなかった」という言葉で、しみじみとした感慨を率直に述べたところです。
このことについて、甚目寺町共産党の機関紙【こんにちは】に「三位一体もイラク問題も国政であるのに態度が違う」と批判されていました。
しかし、私の発言を、別の意図をもって捉えない限り、新間賢治が、三位一体に対する意見を国政に対すると考え、イラク問題は国政ではないという態度をとっているなどと、捉える人はいないと思います。
合併問題、イラク派遣問題などについて、或いは今後さまざまな問題について、立場により意見が異なる場合があっても、お互い健全で、建設的な議論をしていきたいものです。
2003.12.24

市町村合併問題について】
甚目寺町の合併問題について私は必要であると考えます。
私は合併について賛成であり、されるべきであるという立場です。国が地方を一律に面倒をみる中央集権型社会から分権型の社会システムを構築するための様々な取り組みの中で、市町村合併が全国的に行なわれています。
メリット、デメリット共に、多くあると思いますが、まず、合併最大のメリットを大まかに言えば、人口規模が大きくなり、国からの財源委譲に伴う地方税の自主財源の増収が見込まれ、行財政基盤が強化する ということです。また、 企業で言えば合理化と同じことであり、様々な分野がスリム化されることにより、いろんな事柄が効果的に実施できるということ、それに伴い、経費を減らすことができる ということです。つまり、財源的に余裕が出てくることによって、行政サービスの質や量の向上につながり、皆様個人の負担の軽減につながるということです。
デメリットは、管理部門等のスリム化に伴い職員数が減ることとなり、(当然 議員数も)住民の皆様個々の声が届きにくくなることや、甚目寺町 という町名が消える可能性があり、その由来や歴史的背景が伝えられにくくなり、町のイメージが希薄になるということが考えられます。(愛知県○○市甚目寺町として残る可能性もあります)    

問題はまだ、多々あると思いますが、様々な観点から考えましても、これからの社会に対応していくためには、市町村合併を推進していくことが必要であると考えています。

国の、市町村合併特例法(平成17年3末までに合併した場合に受けられる有利な措置)を視野に入れ、わが甚目寺町においても、516日に 合併問題特別委員会 が設置され、その後いろいろ議論されております。
7月中に 住民意識調査 を行なわれ、60パーセント以上の方々の賛同が得られました。町民の方々の大多数の総意により、方向性が決まっていくと思います。皆様のご協力と共に、できる限りの現実的な判断が望まれるところです。
2003.12.24


クリック↓

【新しい風の会】について。

甚目寺町有志議員と、町政に積極的に参加していこうという町民の方により、甚目寺町に新しい風を起こすことを目的とする会が発足いたしました。
上記、大文字をクリックし、趣旨をご理解頂いた上、多数ご参加を頂きたいと思います。(会費無料)
お申し込みは直接, 代表者 堀田ノブミ 宛でも、私、新間賢治 宛にメールをくださっても結構です。参加議員は、しんま賢治、堀田ノブミ、森鈴秋、中島進、4名に、このたび初当選の藤井定彦を加え、5名です。2002.7月


災害対策と萱津用水埋め立てに対するしんま賢治の考え

平成12年度は愛知県西部地方は災害史上にのこるような、まれにみる集中豪雨に見舞われ、各地で甚大な被害がありました。
甚目寺町も、多くの家屋が床下、床上浸水し、各地で大変な被害が続出致しまた。被害に遭われた方々には心からお見舞い申し上げます。

これを期に、降り注いだ雨水がどう流れ、どう掃けていくかという事が、住民の皆様の不安とともに大きな関心ごととなり、何を進めていきます上でも、今後の私どもの重要課題となったことは言うまでもありません。

被害の大きかった新居屋では、県の補助により大型のポンプが設置されるとの事でありますが、中萱津におきましても萱津用水の埋め立て工事に伴い、以前より雨水の心配をされる意見が一部にありました。この災害を肝に銘じ、埋め立てに伴う雨水の処理方法等を随時住民に説明をしながら合意のもとに工事を進めて欲しいというのが心配される方々のご意見であり、私もそのような立場でこの工事を進めていくという考えに立っております。皆様のご理解とご協力をお願い申し上げます。2000.5月




【イラク自衛隊派遣問題について】

平成十五年7月26日イラク人道支援特別措置法が成立いたしました。
この法律は、国連安保理決議の要請を踏まえたものであり、イラクの復興を助けるため、人道支援活動と、安全確保支援活動を目的とするものであると認識しております。
イラクの今の現状を考えますと、まず、現実にそこに暮らし、困っている人々を援助すること、被害を速やかに復旧する手助けをすることは、日本としては、当然なすべき事であると考えます。
また、世界平和の観点から、中東地域の秩序維持といった点においても、復興に参加することは重要であると考えます。
さらに、原油を中東地域からの輸入に依存するわが国にとっては、外交上の問題も絡んでくると考えます。
原油の高騰は、湾岸戦争で経験済みであり、備蓄はある程度ありますが、すでにプロパンガス 他、石油を原材料とする製品の価格上昇が見られます。
様々な観点から、派遣賛成の議論、反対の議論が、それぞれの立場で展開されておりますが、その根本にある思いは、世界平和であることは間違いないと思います。
しかし、理想的な国際社会が今すぐに出現しない限り、現状を鑑みた時、経験と訓練を積んだ自衛隊に、日本を代表してイラクに赴いていただき、医療活動、設備、施設、環境などの復旧作業にご尽力いただくのがベターだと考えます。
このことは、大規模な国際的紛争に武力を行使しに進んで出かけていくということとは根本的に異なり、復興の為の支援イラクの人々の為、同時に、日本の国益と、日本国民の為であると考えます。
そういった意味から、首相も述べておられたように、敬意と、感謝を持って、自衛隊員の皆様の活動を見守っていきたいと思います。
また、ご苦労くださる隊員の皆様の身の安全を守るために、慎重に、許される限りの最大限の配慮をし、派遣時期についても、慎重を期し
ていただきたいと思います。