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【近況報告いたします
あけましておめでとうございます。今年もなにとぞよろしくお願いいたします。
日々変わらず、きめ細かい活動を続けて参ります。 2012年元旦
東北大震災から数ヶ月が経ち、いまだ被害の全容が解明されていない中、親しい人を失った悲しみに耐えながら不便な暮らしを強いられている方々に、本当に国としては迅速にしっかりと対応していただきたいと思います。
同時に、日本国民ひとりひとり皆が、一時的な瞬発力だけでなく、この思いを風化させず、常に被災地の人々のことを思いやりながら行動すべき時です。
そして今、このとき、自分にできることを持続的に積み重ねていくことが大切であると思います。
また、自らも被災しながら、懸命に役目を果たそうとされている、役場、消防団など、地方自治体の方々の健気で、真摯な行動と態度に強く胸をうたれました。地方自治体の存在感は今更ながらに高まったと言えます。
統一地方選が無事終わり、何かとあわただしい毎日を過ごしております。
選挙期間中は嵐のようなお天気の日もあり、例年に無く寒い日が続きました。
ここのところやっとすがすがしい五月晴れの日が続き、我が家の小さな花壇の鉄線の花が見ごろとなっています。
すでに各所でご報告させて頂いておりますが、改めまして、五月会という会派が結成されました。メンバーは岩本一三、松下昭憲、新間賢治(敬称略)です。
他、三友会、あま革新クラブ、日本共産党あま市議団、公明党あま市議団、進政会、政和会、などなど、政治理念をかかげた各会派が、新生あま市のために、皆、一生懸命働かれることと思います。
松下議員の水道料金滞納に関して、他人をかばっての結果であったにせよ、責任を感じての役職辞任は妥当でした。
議員辞職勧告案については、市民(町民)の付託を受けての議員という立場であることを考えるとき、私は、市民の皆様の審判を仰ぐべき事態であると判断したことは正しかったと思います。
そして今回の選挙により、出来事と懲罰の程度から鑑みて市民の皆様が、バランス感覚により、妥当な審判を下されたと感じております。
松下議員には謙虚に猛省していただき、今後、なお一層の研鑽を期待致します。
2011年5月16日
東北地方太平洋沖地震
大きな地震から一夜明け、TVにて刻一刻と報道される壊滅的な状況を目の当たりにして改めて被害の大きさに驚きました。
通り一遍の言葉で語るのも憚られるような深刻な事態に言葉もありません。
亡くなられた方々には深く哀悼の意を表すとともに、心よりご冥福をお祈りします。
行方不明の方々の一刻も早い救助を切に望みます。
また、彼の地には旧知の仕事関係の知り合いが多く、その安否をも確認が取れず心配しております。
どうかご無事で、一日も早く原状回復がなされますように。2012年3月12日
匿名様へのお返事
昨夜のお電話での投書につきまして。2011年1月11日 AM11:50 ご報告
昨夜のうちに即刻事実確認を致しましたが、お電話の内容の事実はありませんでした。
本日も更に再度確認いたしましたが、ご投書のようなことはなかった模様です。
ご連絡の方法がないのでこの場に記載をし、ご報告とさせていただきます。
何卒よろしく御願いいたします。
新春を寿ぎ謹んで初春のお喜びを申し上げます。 
平成23年、2011年の幕開けです。
お天気のほうは年末には少し荒れましたが、一転して穏やかな三ヶ日となり、早々に後援会役員の方々への新年の挨拶を済ませ、家内と、東京から帰省した娘と三人でのんびりと過ごすことが出来ました。
昨年を振り返ってみますと、毎年の事ながら世界情勢は激動の一年であり、日本国内においても、度重なる政権交代、沖縄の問題、中国との摩擦、経済に目を転ずれば、大変な不況の中にあったと言わざるを得ません。
私たちの地域も、合併により「あま市」となり、新たなスタートを切りました。
まだまだ過渡期であり、ご不便をおかけしていることも多々あろうかと思いますが、皆様のお声を市政に反映すべく一生懸命活動させていただきます。
新年に当たり、毎年今年の抱負を額に入れて掲げていますが、今年は、
「初心に返って、何事もていねいに」 をモットーとして活動をしてまいります。
12年を一つの周期として考え振り返りますと、本当にこの三期12年間、私を支持してくださっている皆様のお支えが身にしみてありがたく、深く感謝しております。
自身を省みて、慢心はないか、驕りはないか、”慣れ”の中で流されていないか、己の姿を謙虚に見直し、襟を正し、皆様にご恩返しをする気持ちで正道に邁進して参りたいと思います。
今年一年の皆様のご多幸を心よりお祈り申し上げます。 2011年一月
あま市民病院(旧尾陽病院)新計画につきまして。
平成22年6月、あま市民病院を平成26年より建て替え新築する旨が提案され、「更に効率的な医療提供により地域医療を守る」目標が発表されました。
私はこの提案を支援して参ります。議会のほうでも「病院建設特別委員会」が設置されました。詳しくは随時お知らせしていきます。 2010年7月
支持者のお宅で携帯で撮影させていただいた紫陽花です。
うまく差し枝され、とてもカラフルにボリューム一杯に咲いています。

眼前、田植え前の水を一杯たたえた、まるで湖水のような水田が広がり、満開の紫陽花がその姿を水面に写し出し、花畑が二重に広がています。夕暮れ時、街頭にライトアップされた姿は幻想的で別世界に迷い込んだようです。
いよいよ、本日3月22日より【あま市】として、行政全てが新しいスタートです。
住所変更をはじめ、いろいろな手続きの変更により、日々の暮らしの中でご不自由があるかもしれませんが、しばし、気長にご対処いただきますようお願いいたします。
皆様の御付託を頂くまでは仮の身分ではありますが、今後は、あま市の市議会議員として身を粉にして活動していく所存です。 2010年3月22日
平成22年3月22日より、七宝、美和、甚目寺の3町が合併をし、いよいよ「あま市」となります。「あま市」を設置することを愛知県知事に申請することについて甚目寺町議会で賛成多数で可決されました。
おそらく他の2町においても同じように進行し、合併に向けて粛々と進んでいるようです。
それぞれ各地区の財産は当然のことながら、「あま市」に帰属させることも可決されました。
議会議員の定数については、今まで3町合計で42議席が26議席となりました。
2010年1月
梅雨の延長なのか、台風の影響なのか、境目の無いまま長雨が続き、各地で甚大な被害が出ています。
昨日の朝方は、静岡方面で大きな地震があり、弟の家(島田市)へ電話をかけましたら、そのあたりは何事も無かったようですが、すぐ近くの牧の原では道路が崩落し、また、地震の影響で事故に遭い亡くなった方もあるようです。
年々異常気象を肌で感じていますが、本当にこの夏は自然災害がが相次ぎ、上向きかけたと言われる景気の足まで引っ張っているようです。
甚目寺町内での、10日夜の大雨の影響を心配しましたが、浸水被害なども報告が無かったようで、皆様安全に過ごされたのだと、夜が明けて雨が小止みになり、心から胸をなでおろし、安堵致しました。 2009年8月
皆様すでに新聞等の報道によりご存知のことと思いますが、甚目寺町、美和町、七宝町の三町による合併がいよいよ本格的に決定し、来年3月には実現の運びとなりました。資料ご参照
これは、一回目のアンケートで、また再度行われた二度目のアンケートでも、多数の皆様のご支援と、熱い想いの後押しがあったおかげであります。
まずは、行政コストの縮減が確実になされていくものと思います。
なお、合併は、将来的に観て必要ではあっても、決していいことばかりではないという厳しいご意見もあります。
真摯に耳を傾けつつ、他市の合併後の例を参考に勉強しながら、今後も皆様の暮らしがよりよくなるよう活動して参ります。
皆様がお寄せくださる「生活者の生の声」が私の活動の原点です。
いつでも気軽にお声をかけてください。 2009年5月
冬と春を彩る風景が日ごとにかわりゆく今日この頃、暦の上に春は立ちながら、暖かかったり、寒かったり、まだまだ油断の出来ない季節です。
さて、先般、新聞などの報道により、すでに皆様ご承のことと存じますが、市町村合併について再度行われたアンケートの結果、合併を望む声が過半数を超える結果となりました。
今回のアンケートは、前回実施日より年数が経っていることと、昨今、大治町が合併について一歩距離を置いた立場であることにより、四町での合併を進めることが出来ない可能性も含め、再び皆様のお考えを集約する意味合いのものでした。
甚目寺町、美和町、七宝町の合併研究会が行ったアンケート結果では、7割以上の住民の方が、三町のみの合併に限らず、合併自体に賛成、もしくはどちらかといえば賛成であるという、非常に前向きな結果を得ることができました。
(前回は6割以上) 2009年2月
先日家族旅行で福地温泉から高山を回り、白川郷に行ってきました。
もう遅いかと思われていた紅葉も温暖化の影響でちょうど見ごろでした。福地温泉からすぐ近くの新穂高ロープウェイに乗り、間近に見る、雪化粧をした新穂高の山々には圧倒されるくらい美しく、威圧感すら感じるほどでした。

白川郷は世界遺産に登録されていることもあり、そこに入る道は大変混雑し、町(村)の中も観光客で大変にぎわっていました。
小さいながらも、飛騨市にも高山市にも入ることなく単独でやっていくところは成り立ちから違うものだとしみじみ感じて帰って参りました。

さて、昨年より合併についての研究会が発足し、その経過の説明会が四町で行われて参りました。
いよいよ懸案の合併問題が具体的に動いていく様子です。
しかし、すでにご承知と存じますが、大治町が本議会にて合併を否決し四町での合併が現時点では難しい状況となっています。
私は四町での合併推進を目指しながらも、時が来たれば名古屋市との合併も視野に入れるべきであるとの目標を唱えて参りました。
しかし今すぐ一足飛びに実現する可能性は低いこともまた現実であり、この間、当甚目寺町の事情も諸般においてますます厳しさを増してきました。今後のことを考えますと、行政財政改革はいっそう進めていかねばならないことはいうまでもなく、合併の必要性が以前にも増して、高まったと言えます。
11月には四町での合併調査研究会は解散されましたが、甚目寺町、美和町、七宝町の三町だけであっても合併を目指していかなければならないだろうと思います。国の方針として、そう遠くない将来に道州制の導入もありえる事だと確信しています。
そのような中で、今後、地方分権への方向は一段とはっきり確立され、地方からも自治を求める時代になってきました。どのような未来絵図が描かれていこうとも、基本は、自分たちの町は自分たちの手で守らなければなりません。
@ 住民の負担の軽減
A 住民の要望に広く応えていく
これら住民本位の体制を作るために、合併は必要であります。
近日中に改めて市町村合併の討論が始まるかと思いますが、住民の皆様も、お一人お一人が「地域の行政は、地域の住民である自分たちで決定し、自分たちでその結果を確認し、さらに次のステップに、より良い地域社会に」という気持ちで参加していただきたいと思います。
現在、合併特例法は「合併特例新法」として平成22年3月までに延期されています。
何とかこの期限までに合併が実現するよう、皆様の、一層のご理解とご協力をお願いいたします。 2008年11月
尾陽病院を良くする会が立ち上げられ、尾陽病院職員とともに「医師確保」の署名活動が行われました。甚目寺町議会のほうとしても全面的に支持・協力し、3月上旬議員全員が参加して署名活動をおこないました。
甚目寺、七宝、美和、大治の四町でも署名され、総合計は二万二千二百九十二人分となり、四町の人口およそ5人に一人が協力してくださいました。
【尾陽病院を守る会ニュースより引用】
私もこの会には参加しており、多くの方々にお願いいたしました。
ご協力くださった皆様本当に有難うございました。厚く御礼申し上げます。
2008年5月
今全国の地方自治体は経済的に疲弊し、大変な苦労を余儀なくされています。
地方自治の確立は地方分権が確実になされれ、独立して運営していけるかどうかにかかっていますが、権限の委譲は中央官庁の再編成につながる(必要の無い部署は無くなる可能性あり)ことから、中央では大きな抵抗があり、さまざまな論議を呼んでいることはTVなどでご承知のとおりです。
しかし、中央を批判するばかりでなく、地方の側からも意識を改革していくことがが求められています。
すでに各地で、やる気あるリーダーが独自のアイデアや創意工夫で、土地の活用、企業誘致、あるいはさまざまな方法で特産品の売込みを図り、新たな雇用を含め、地元住民への利益誘導を目指して試行錯誤しています。
地方公共団体が国の指導に従っていれば良かった時代は終わり、公僕としてのプロ意識と視点を持って行政を運営していくこと、住民へのサービス業であるという意識が求められていると言えます。
さらに言えば、われわれ住民の一人ひとりの意識改革も必要であり、今求められているのは「お上」意識からの脱却です。
納税者の一人として主体的に地方自治に参加しているという意識を持って行政を見つめ、地域の将来を考えていくべきであると思います。2008年1月16日
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